大人の少年で、僕はありたい。

2017年新卒で、人材業界に就職しました。 趣味は読書と、手紙を書くこと。 大人の少年で、僕はありたい。 好きなものは、雨の日とカフェオレ。

手を挙げてから、言うことを考える人に、チャンスはやってくる。

 

先日、友人と一緒に、とあるセミナーに参加しました。

セミナー後半に、質疑応答の時間があって。

 

「では、何か質問がある人はいらっしゃいますか?」

 

という講師の問いかけに対して、何も考えずに間髪入れず手を上げている自分がいました。

セミナー形式の中での質疑応答は久しぶりの時間だったのですが、”手を挙げてから言うこと考える”という習慣は、抜けていませんでした。

 

僕はこの習慣を大学時代に身につけることができたので、ものすごく大きな財産だと思っています。

会議にしても、ミーティングにしても一緒。

何も発言をしないミーティングというのは、何も価値発揮をしなかったことになります。

何も価値発揮をしなかったということは、1時間なら1時間という、その人件費を垂れ流しにした、ということです。

 

会社ならまだわかりやすい。

でも、学生の時期に、この感覚を持つことができる人は、極めて大きな財産を手に入れていると僕は思うんです。

なぜなら、学生同士のミーティングには、その時間の生産性という概念が欠如していることが多い。

時間がタダだと思っているからこそ、このミーティングでどんな価値提供をするのか、という考えがそもそもないんですね。

 

社会人になってもなお、時間当たりの生産性という概念がない人は、それはもう悲惨です。

何が悲惨かというと、誰も2度とその人と仕事をしなくなるからです。

叱ってくれるなら、まだいい。

叱ってくれる上司がいるというのは、大きな財産です。

でも、ほとんどの場合は、何も言わずにそのままスルーしていく。

 

つい先日、僕のボスが、後輩の方(僕にとっては社会人の先輩)を、きちんと叱っている現場を見ました。

本当に、愛情のある人だなと、ものすごく感動した。

僕はいま、学生の立場で、この人の下で働けているというのは、ものすごい価値だと。

そういう場で出会った人たちこそが、僕の大学時代の財産です。

 

 

 

チャンスは一瞬。反射神経で手を挙げよう

話を戻すと、そのセミナーで瞬間的に手を挙げたのは、僕だけではなくて、一緒に参加した友人の2人でした。

しかも彼女は、僕よりも素早く手を挙げていた。

これはもう、ものすごいこと。

彼女の意識レベルの高さが、図抜けているということの証明だと思いました。ものすごく感動したんですね。

 

なぜかというと、30人くらいの参加者の中で、大学生は僕ら2人だけだったから。

そして、質疑応答の瞬間に、手を挙げたのは大学生の僕ら2人だけだったからです。

 

他は、40代や50代の社会人もたくさんいて。

この人たちは、今日この場に、何をしに来たんだと言いたい。

 

セミナーを聞いて、「勉強になりました」ならまだいい。

これが、もし会社の会議だったらどうするんだと。

 

会議に参加して、発言をしないまま「勉強になりました」は、完全にアウトです。

サッカーでいうとレッドカードで、退場です。

もう2度と、会議に呼んでもらえなくなります。

 

会社という場は、勉強をする場ではない。

ひたすらに、生産性を追求する場です。

 

手を挙げる。反射的に手が挙がる、というのは習慣です。

日頃から意識していないと、絶対にできない。

 

あのセミナーに参加した社会人の人は、休日のセミナーだったから手を挙げなかったわけではありません。

日頃、反射的に手を挙げて発言をしている人は、絶対に手が挙がるからです。

オンの時は手が挙がるけれど、オフでは挙がらない、というのはない。

 

そもそも、日頃から生産性という概念を持ち合わせて仕事をしている人は、オンとかオフとか、生活をそんな分け方で分けてはいないんです。

 

 

良い習慣は、必ずあなたの力になります。

チャンスの女神様は、前髪しかないんです。

そのチャンスを掴む筋トレは、大学時代の今、存分にするべきです。

 

 

<追伸>

チャンスの女神様は、美人なのかもしれない。

美人も、一瞬。。