大人の少年で、僕はありたい。

2017年新卒で、人材業界に就職しました。 趣味は読書と、手紙を書くこと。 大人の少年で、僕はありたい。 好きなものは、雨の日とカフェオレ。

お金はその瞬間に対して払うのではない。その人の今までに対して払うもの。

今日、先日友人に紹介してもらった美容室に行きました。

今までの中で一番料金が高い美容室だったので、ちょっとびっくりしましたが、立地やサービスを考えると、なるほどな。と思わされる内容だったので、全て料金には適切な意味があるのだということを感じさせられました。

 

僕は20年間、1箇所の美容室にしか行ったことがありませんでした。

物心ついた時から母親に連れて行ってもらっていた、祖母の実家の近所にある美容室。

 

都心である市の、ちょっと外れにある街。

そこに母方の祖母の実家がありました。

毎週のように祖母の家に遊びに行っていた幼少期。家から徒歩2分の場所にあったその美容室に、気づけば20年間通っていました。

 

記憶にはないですが、髪を切るという時間がものすごく嫌で、幼少期はすごく暴れていて、母親や祖母は美容師さんと一緒になって苦労したということを言っていました。笑

 

その頃から、じっと同じ場所に座っているということが嫌だったようです。

 

 

大学に入ったのち、社会人にお会いすることが多くなった僕は、周りの人たちから「ちゃんとした美容室に行きなさい」と言われることが多くなったのがきっかけで、紹介してもらった美容室に通うようになりました。

それがちょうど1年くらい前の話。

 

それまでは20年間、カットのみ千円の、街の小さな個人美容室に通っていた僕は、カットで三千円というところに通うという衝撃を感じたのを、今でも覚えています。

 

人生2つ目の美容室に約1年ほど通った後、僕は大学4年生になったとき、たまたま友人が「すごく素敵な美容室があるよ」と紹介してもらい、今日行ってみました。

人生で3つ目の美容室です。

 

 

そもそも男というのは、面倒くさがる生き物です。

髪を切るとう作業なんて、できる限り時間を短く、さっと済ませたい。

本当は必要がないならば行くのも面倒だと思うくらいです。

 

今まで美容室を変えなかったのは、そこが気に入っていたというよりも、変える理由がなかった、というのが正直なところです。

世の男性はほとんどそうだと思います。

 

わざわざ自分から美容室を探して行ったりはしないのですが、こうして誰かに紹介してもらったきっかけで新しい場所に足を運んでみると、新たな出会いと刺激があるわけです。

 

今まで自分がやらなかったことをやってみる。

という人生でありたいですね。

 

 

冒頭にも書いたのですが、世の中の料金というのは、適正料金には全て意味ががるんですね。

例えば今日思ったのは、都心のど真ん中にある立地の分だけ、料金が高い。

それだけお客さんも、ちゃんとした人たちが来るんだなぁというのが感想。

 

僕らは何に対してお金を払っているのかというと、髪を切る1時間、2時間という時間に対してではない、ということです。

目の前でハサミを握ってくれる美容師さんが、こうしてお客さんの頭を触ることができるようになるまでの、修行期間も含めた時間に対してお金を払っているわけです。

 

親を説得して、美容学校に通う2年間。

それからスタイリストとしてデビューする3年間の修行時代。

 

そこからお店でプロとしてデビューして、今日まで至る7年間の時間。

 

そういったことを考えると、1回の時間で数千円というのは、むしろ安すぎるくらい、ということに気づかされます。

 

 

本もそう。

今の日本の社会は、本が安すぎます。

 

人生をかけて、その人が積み上げてきた実績と知恵を凝縮した本を、僕らは1冊1500円程度で触れることができるわけです。

 

安すぎるくらいです。

 

 

そういった視点で世の中を見てみると、お金というのは本当に不思議で、よくできているなぁと思います。

僕もこうしてフラストレーションを溜めながら過ごした20代が、いつか表に出る瞬間が来るのでしょうか。

 

それまで、ひたむきに自分を磨いてありたいですね。

 

ありがとう。