大人の少年で、僕はありたい。

コンサルのお仕事やっています。 趣味は読書と、手紙を書くこと。 大人の少年で、僕はありたい。 好きなものは、雨の日とカフェオレ。

小学校時代、僕は大切なことを本の世界から学んだ。

昨日に引き続き。 
僕が物心つく頃になると、周りの大人たちが衝撃を受けるくらい、早熟な子どもだったそうです。
 
例えば、僕は2歳くらいではもはやマシンガンのように話していたそうで、
今でも覚えていますが、椅子を持ってきて、壁にかかっている電話を取っていたそうです。
 
3歳になる前に、自分で椅子に登って祖母に電話をかけていたそうなので、母親は僕のことを天才だと思ったそうです。
 
そのくらいになると、自宅にかかってきた電話は僕が取っていました。
「はい、〜〜です。」と言って電話を取る3歳児、いますか?笑
 
子どもの可能性って、本当にすごいですね。
 
別に自慢話が書きたいわけではなく、そのくらい「大人の言葉で対話をすること」が子どもにとって大切だということです。
小学生くらいになると、片田舎の僕らの街で過ごしている大人たち、例えば親戚のおじさんたち。
彼らとは対等に対話をしていた気がします。
 
物事を知っている、知っていないということではなく、語彙として対等に話をしていたんですね。
 
小学校に入ると、すぐに気づきます。
「あ、もしかして、自分は周りの人たちとは全く違うかもしれない」と。
 
何もしなくても圧倒的すぎて、自分は天才かもしれないと思うわけです。
中学や高校に行くと、そして大学以降になると、もちろんそんなことはないと気づきます。
ですが少なくとも小学校の6年間、片田舎の公立学校では無双状態過ぎて、自分でも「あ、次の場所に行かなきゃ」と思うようになります。
だからこそ、中高一貫の私立へ行くというのは、極めて当たり前の道だったわけです。
 
公立学校の授業は、何もしなくとも全部わかります。
少なくとも1回教科書を読めば全部わかるわけで、テストなんていうのは100点以外取りようがないと思うわけです。
 
「どうして教科書に書いてあることしか出ないのに、クラスメイトたちはテストで間違えるんだろう?」と思っていました。
学校の先生や親に本気で聞いたこともありました。
今なら、誰しもがそんなのは無理だとわかるから、ごめんなさいと思います。
 
小学校中学年くらいに差し掛かると、学校に飽きてきます。
やろうと思えば6年分の勉強なんて、3年くらいで終わるわけです。
 
でも、学校のペースは変わらない。
だから、ずーっと本を読むようになります。授業中も、です。
 
僕は大学時代、講義中も半分は一番前の座席で本を読んでいましたが、そのベースは小学校の時にできました。
大学時代はノートを取りながら、講義を耳で聞きながら本を読んでいましたが、小学校は本しか読んでいません。
それでもテストは何もせずとも全教科満点です。
 
先生も半ば呆れ気味という感じだったと、今では思います。w
だから、どんどんと本の世界に惹かれていきました。
 
例えば、僕が小学校2年か3年くらいの時に、初めてハリーポッターが日本で出版されました。
「ハリー・ポッターと賢者の石」という第1巻の時です。
 
そこから、ハリーポッターの魔法の世界に惹かれ、入り込み、新しいシリーズが出た瞬間に買ってきて、ずっと読んでいました。
そうだ、僕は小学、中学時代の何割かは、魔法の世界に行き、ホグワーツで学びました。
 
大切なことは、ダンブルドアやハグリッド、ホグワーツの友人たちから学んだのです。