大人の少年で、僕はありたい。

コンサルのお仕事やっています。 趣味は読書と、手紙を書くこと。 大人の少年で、僕はありたい。 好きなものは、雨の日とカフェオレ。

新社会人の自分ブランド。勝てる土俵を自然と探していくんです。

僕が新卒で今の会社に入って改めて気付かされたことは、人はどこにいても、それぞれの「自分ブランド」を確立していくものなのだなあということ。

自分が勝てる場所を探し、周りがそれに納得し、そしてそれが落ち着いていくのだということです。

 

僕らの会社に限ったことではないのだと思いますが、やっぱりこれくらいの倍率を勝ち抜いてくる人たちというのは、子ども時代では一定どこにいてもリーダー(のような役割)をやっていた人たちが大半です。

そういった人たちが、全国からやってきます。

多少、上下するとはいえ、新卒で入ってくる人たちはみな、近からずとも遠からずの能力や感覚を持った人たちです。

そういった人たちが入ったとしても、やっぱりポジショニングが行われていきます。

 

入社後には、全社研修があります。

あれだけの人数の人たちが一斉に色々なワークショップをやる中で、無意識的に自分自身のポジションを探していきます。

2週間もすれば、「こいつは営業ができるやつ」とか「自分は企画ではちょっと厳しい」とか、いろんなものが再配置されて落ち着きます。

 

その後、各部署へ大きく配属になる。

そこでまた、競争が行われていくわけです。

 

そんな人間が集まって、その中で自然とリーダーが決まっていく。

あるいは、アシストする役割の人が生まれてくる。

分類が行われていくということです。

 

コミュニティというのは、とても面白いなあと思うわけです。

そんなことを、どこか客観的に見ていたことも、いい思い出。

 

半年ほど前に書いた記事があります。

yuto.hatenadiary.jp

どうも馴染めない自分がいたことは事実で、あれがまだ1年も経たない前のことだと思うと、時間というのは残酷だなあと思うわけです。

 

同じような場所でスタートした社会人生活のはずなのに、3ヶ月、半年もすると、全然角度が違ってくる。

1年もすると、見ているものも、立っている場所も、全然違うわけです。そしてその時に初めて、「同じ場所でスタートしたと思っていたけれど、そんなものは嘘だった」と気付かされるわけです。

 

人は新たな環境の中で、自分の勝負する場所を、自然と見つけ出していきます。

じゃあ、その中で、自分の場所を見つけることができなかった人は?

 

プロ野球選手になっている人たちというのは、リトルリーグでは全員がピッチャーだと言います。

そのなかで、上に上がるにつれて、打者に分かれ、守備に定評がある選手として確立され、という風になっていくそうです。

 

自分で勝てるポジションを探すことや、

これでは自分は求められない、

というようなことに、早く気づく経験は大切だと思うんです。

 

「こうなりたい」という理想を掲げ、今とのギャップを埋めることや、

「こうあるべし」という理想論を押し付けられ、その狭間でもがくような場所にいることは

僕は、違うと思う。

自分で抜け出せる人はいいのでしょうが、そうでない人に、別の役割を与えてくれるところや、違った角度を提供する機能というものも、大切な気がする。

 

勝負すべき場所を、あるいは自分の勝てる土俵を見つけ、かつ、それが求められるものであるならば、そこでの努力を積み重ねていくことの方が、よっぽどいいはずなんです。

 

まとまりませんが、時計は夜中の2時を回っているので、そろそろ寝ます。