大人の少年で、僕はありたい。

コンサルのお仕事やっています。 このブログには、自身の経験からくる「大学時代」と「就職活動」、そして10代の頃に知りたかった社会のリアルを書いています。

閉じ込められて初めて、世界の広さを知った。

人生の中で一度は、閉じ込められる経験も悪くない。

閉じ込められるというのは、圧縮された時間を過ごすということだ。

狭い世界を経験して初めて、世界が広いことを知るんです。

 

身体を壊してしまった僕は10代の頃、約4年という時間を独りで過ごした。

自分の部屋と、時々外に出るのは病院と本屋に行くだけ。学校なんて、存在すら消えていた。

もちろん心配してくれる親はいたけれど、実際にはめちゃくちゃ独りだった。自分の部屋の中にいて、自分の中に閉じ込められている感覚。

普通だったら、おかしくなってしまっただろう。

それくらい、極限のフラストレーションの環境にいたと思う。

 

そんな僕を救ってくれたのが、読書だった。

本の見せてくれる世界。読書を通して知った向こう側。

いくらインターネットが普及していても、それまでケータイやパソコンを使っていたとしても、僕はネットを通して世界の広さに触れることはなかった。

逆なんです。

自分の中に中に落ちていくような感覚があって、そこに差し込んだ一筋の光が、本だった。

本の言葉と、物語が僕を深いところから救ってくれた。

閉じ込められて初めて、世界が広いということを知ることができました。

 

もともと本好きだった僕は、ますます本の世界にのめり込んだ。

もっと知りたい。もっと触れたい。

夢中になった僕はいつしか、僕も向こう側に行ってみたい。その景色を見たいと思うようになっていて。

 

この人生に「もしも」も「タラレバ」もないけれど。

もしもあの時、身体を壊す経験をしなかったら。

もしもあの時、狭くて暗い孤独に狂いそうにならなかったら。

もしもあの時、本を読むことを放棄していたら。

もしもあの時、腐って人生を諦めていたら。

今の僕は、どこにもいなかったと思う。

素敵な音楽や、物語に心震える経験をすることもできなかった。

そして何よりも、こんなにも大事に思える人に出会うこともできなかった。

 

世界は、広い。

きっとまだ見ぬ街があり、まだ知らぬ人がいる。

僕らは、自由だ。

でも、本当の自由は「今」「ここ」にいる自分だということに気づかせてくれたのも、そのときの経験で。

 

世界は、綺麗だと思う。

時々、そうじゃない部分が姿を見せることもあるけれど。

それでも僕には、泣きそうになるくらい綺麗な世界に見える。

何気ない日常の瞬間に、泣きそうになるんです。

 

人生は、素敵だと思う。

しんどいことも、きっとたくさんある。

悲しい思いも、するかもしれない。

それでも僕は、生きたいと思う。

まだ見ぬ未来のためにではなく、今を生きたい。

 

ありがとう。