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大人の少年で、僕はありたい。

大学で学問やっています。4年生。主に物理学。趣味は読書と、手紙を書くこと。好きなものは、雨の日とカフェオレ。人材業界に就職する新卒です。

はてなブログ10ヶ月で1年分の記事を書いたことを思って。 〜自分自身の「思考」と「変化」を書くということ〜

書くこと・ブログ

 

僕がこのブログに移転してきたのが去年(2016年)の4月。

ほとんど毎日更新するようになったのが7月頃でした。(それまでは、以前のブログの方に重きを置いていた)

 

今年(2017年)1月の今までで、350本あまりの記事数を書いていることに気付き、ああもうすぐで1年分(365記事ということ)の文章を書いたことになるんだなあと。

1日ひとつの記事をせっせと、かつ楽しみながら書いていたとしたら、気づけば1年なんてあっという間です。

僕の場合は学生で、まあある程度時間があることもあって、1日に2つも3つもブログを書くことは特に大変なことでもなくて、むしろ僕の生産欲というか、書くことが好きな僕にとってはすごく楽しいことなんです。

もちろん日々の中でいろんなことをしていて、特にこの1年は大学の勉強、インターンシップ、そして自分の就職活動もあったので、ずっとブログに時間を割くことはないわけですが、でもその時間的に圧縮された日々を過ごす中で、このブログを書くという時間は僕にとってすごく癒される時間だったんです。

 

色々な世界に触れ、自分自身の思考がどんどんと開いていく中で、書くことによって思考を整理することができることもまた、このブログを書いていてよかったなあと思うことなんです。

人は言語化することによって思考をするので、自分の言葉で文章を綴ってアウトプットしていくことは、大事なことのような気がする。

 

アウトプットという意味では、別に人に話すでもいいんです。

大学生ならば、友人や先輩後輩でもいいし、家族でもいいし、ちゃんと「思考のキャッチボール」の会話をする。

その大事さとか意味というのは、例えばひとつ就職活動の時期とか、あるいは何かお仕事をするようになったときに気付くんです。

逆にいうと、たいていの場合それまでは気がつかないんですね。

それまでの時期というのは、ほとんどの人の場合、一方的に自分の話したいことを話す。聞きたいことを聞いて、聞きたくないことは聞かない。

僕だってそうでした。

そもそも相手の話を深掘りして聞くとか、自分自身の話していることに意識を向けて、その根源である思考をもうひとつ、ふたつと掘り下げていくという概念すらありませんでしたから。

 

翻って。

僕自身は、まあ大学生の半ばまで、ほとんど人と会話らしい会話をすることがなく、生活をしていました。

対話という意味でいくと、それはもっぱら読書を通して行われていた。

読書を通して、過去の偉人たち(今現在生きている人も含めて)との対話を通して、思考の幅を広げて行ったような節があるので、逆にいうと、アウトプットして整理する機会とか場というのはほとんどありませんでした。

人間はインプットとアウトプットのバランスを取ろうとするので、僕の場合は特に「書くこと」を通してアウトプットをしていたんですね。それでバランスをとっていた。

そしてその習慣というのは今も続いていて、ひとつ僕をつくる大きな軸みたいなものになっている。

言葉にするのは難しいけれど、書くことを通して思考して自分の中に積み重ねて行くことによって、僕自身の骨格のようなものが出来上がっているような感覚です。

 

まあ今となってはということですが、自分自身の思考の骨格が出来上がるまでの間、むやみやたらに他の人とリアルな対話をしなかったことが、今の僕を作っている要因のような気がします。

それがいいかどうかは、わかりませんが。

少なくとも僕の場合は、全部を自分自身の中に一旦放り込んで熟成させることができた経験は、今の僕に役に立っているような気がします。うん。

 

***

 

話が逸れてしまいましたが、今後も気楽に、そして淡々と。

僕は僕自身の”変化”(成長とも言えるかもしれない)をこのブログを書いていくつもりなので、気楽に、そして時折は見にきてやってくれたら嬉しいです。

いつも、ありがとう。