大人の少年で、僕はありたい。

2017年新卒で、人材業界に就職しました。 趣味は読書と、手紙を書くこと。 大人の少年で、僕はありたい。 好きなものは、雨の日とカフェオレ。

結局、あなたの人生にとって、就活の位置付けはなんですか?

 

先日とあるスタバで、就職活動を控えた18卒の後輩と2人で話をしました。

僕は、同世代の大学生と就活の話をしたり、後輩には相談をもらったり、という機会がが多い(方だと思っています)。

 

僕は大学2年の年明けの頃から、次に4年生になろうとしているひとつ上の先輩たちの就活を一緒に考える機会なんかもありました。

それはまあ不思議な繋がりで、数人の就活チームみたいなものを作って、週に1回か2回、ESを考えたり添削をしたり、面接の練習をしたり、みたいなことをやっていました。

今考えると、不思議な話ですよね。

だって、僕自身が、就活を経験したことすらなかったときでしたから。

そんな僕が、先輩のESを見たり、GDを一緒にやったり、面接の練習をしたり、みたいなことをするわけです。

 

大学3年の夏頃から今に到るまでは、僕は同世代の就活生(と企業の間に立って)、HRのインターンシップをしていた。

それこそこの1年間、たくさんの大学生、就活生と一緒にいろんな話をするという、すごく貴重な経験をさせてもらいました。

同時に、僕は17卒だったのですが、18卒以下の大学生と話をする機会というのも、結構多くて。

 

と、振り返ってみると僕はこの4年間の大学生活の中の約2年間という時間、同世代の大学生と就活のことなり、将来のことなり、そういった話をすることに関わってきたんだなと。

それらはもちろん、僕自身の大きな経験と成長に繋がったのだけれど、そもそも僕が最初にそれらを望んでいたわけではなくて、本当に人との繋がりで、今に至るんです。感謝。

 

目に見えない不安な”何か”がある

今日話をした彼もそうですが、いまの時期になると、どうも目に見えない不安や焦りがあるようで。

僕から見ても、きっとそうなんだろうなと。

その目に見えない”何か”が一体なんなのかは分からないけれど、とにかく多くの人は、その何かに苛まれているような気がします。

 

特に、就活を前倒しで始めた人、あるいは以前からなんらかの学生活動(学生団体系の活動とか、インターンシップとか)をやっていた人ほど、そういうものが強いような気がする。

自分は人とは違う、というプライドがそうさせているのかはわかりませんが、周りの人、特に例えば僕らがいる地方の学生の中では、いわゆる優秀だとか、すごいねだとか言われるわけです。

何を持って優秀かという議論は今は置いておき、知らず知らずのうちに自分自身を周りの人と相対化してしまいーー無意識的に比べてしまうということーー、結果、なんの根拠も説得力も持たない自分自身に気づいて、焦ってしまう。

そういうことなのではないかと、僕は思っています。

もちろん個人的な見解なので、多くの人に当てはまるわけではないのだと思いますが、概ね、そういう人もいる、というくらいで見てください。

 

結局、自分にとって就活の位置付けはなんなのか

と、上のように書いてきたのは、僕自身の経験を踏まえてのことです。

僕自身、去年の今頃(3年生の秋頃)は、自分が4年生になったときに就職活動をするなんてことは、全く考えていませんでした。

僕はずっと大学院にいくつもりだったんです。

にもかかわらず、インターンシップの過程で、たくさんの就活生と向き合うことをしていた。

そんな中で、年が明けた2月頃でしょうか。僕も、就活というのをしてみたくなったんです。

一生に一回しかない学部卒というカードを使って、いろんな企業を見て回りたくなった。いろんな大人に、会ってみたくなった。広い世界を、見てみたくなった。

 

よし、就活をしよう。

と決めて、本格的に就職活動を始めたのは、3年生が終わり、就活解禁と同じ時期、3月のことでした。

 

そうはいってみたものの、僕自身、就活を始めるときは、何も持っていないわけです。

というのも、就活に沿った活動というのは、何もやっていない。

選考につながるインターンシップもやったことがないし、企業訪問もやったことがない。

時期的にみても、決して早いとは言えないものです。(見方によっては、結構、後発組だったりするw)

就活関連で東京に行ったことすら、ありませんでした。あるのは、旅行だけ。

にもかかわらず、僕は東京で就活をすること以外の選択肢を考えようともせず、企業を定めるわけでも、業界を絞るわけでも、これがやりたい!と思うものすらなく、3月から毎週、東京を往復するという、一見無謀にも見える就職活動を始めました。

そこにあるのは、「根拠なき自信」だけでした。

 

プライドは高いし、頑固だし、にもかかわらず僕自身にはなんの根拠も説得力もない。

その世界を見ている理由も、そこにいきたい理由も、本音ではそんなものはないんです。

あるのは、僕にとっての人生の夢と、憧れと、そして根拠なき自信と。それだけです。

だから、その理想と現実の間で揺れることもあるし、くよくよもするし、迷ったりもするんです。

 

僕自身の話をすると、最初の内定が出るまで、いったい何社受けて、何社落ちて、どれだけ自分自身と向き合ったか。

本当にたくさんのことを考えました。

僕にとってはそれが就活だったし、もちろん成長はしたけれど、根本的な部分は変わらない。

初めて内定という客観的なものさしが入ってくるまで、僕自身にはなんの(客観的な)根拠もなかったんです。

今と以前とで、言っていること考えていることが根本的には同じであるにもかかわらず、です。

 

何が言いたいかというと、ぶっちゃけ、就活を始めた時になんらかの根拠を持っている人、客観的な説得力を持っている人なんて、いないんです。

(まあいることにはいますが、そういう学生というのはかなり特殊です。)

学生時代に、周りの大学生と比較して何かをやってきたとか、そんなことは直接的にはなんの役にも立たない。ゼロとは言いませんが、根本的にそれらと就活、あるいは社会に出て仕事をしていくことは、正直関係ないんです。

大事なのは、自分自身が「どうしたいか」ということ、そして「どうありたいのか」ということです。

何を大切に、どんな価値観を持って、どう生きていきたのか。

繋がっているのは、そういった目に見えにくい、人間性であったり考え方であったり、そういう深い部分なんです。

 

後輩たちに伝えたいこと。

他の人と比較するなんて、そんなつまらない就活はするな、と言いたい。

就活をすると決めたのなら、とことん自分自身と、そして社会と向き合ってください。

あなた自身にとって、就活というものをどう考えているのか、ということです。

就活も内定も、ゴールではない。いい企業(と周りに言われる企業)に内定をもらったから満足。なんて、そんなことは思っていないはずです。

就活は通過点だし、内定はゴールではなくスタートということは、わかっているはず。

だったら、自分の人生の中で、就活をどう位置付けるのか、ということを考えて欲しい。

 

周りより早く内定を、とか、多く内定が欲しい、とか、他の人の就活の相談に乗っているからどうだとか、そんなことはどうだっていい。

そんなものは、言ってしまえばあなたの人生にとって、なんの意味もない。誰の人生なんだと言いたい。

大切なのは、”あなた自身がどうしたいのか”ということなんだと。

僕はそう思います。

 

書き始めたら、ヒートアップしてしまった。。

矛盾しているところ、間違っているところは、もちろんあります。たくさんある。

だからこそ人生は面白いし、いろんな人と、話をしたい。と僕は思っています。