大人の少年で、僕はありたい。

2017年新卒で、人材業界に就職しました。 趣味は読書と、手紙を書くこと。 大人の少年で、僕はありたい。 好きなものは、雨の日とカフェオレ。

別れて初めて、出逢いの本当の意味がわかる。

 

あなたは、今までの人生の中で、たくさんの人に出会ってきたはずです。

その中で、パッと顔と名前が浮かぶ人は、どのくらいいるでしょうか。

 

僕もこの1年間だけでも、本当にたくさんの人と出会ってきました。

でも、ぶっちゃけ、ほとんどの人の顔も名前も、忘れています。あるいは、顔か名前のどちらかは覚えているけれど、それらが一致しないという人もたくさんいます。

 

というのも、僕は結局自分にしか興味がない、つまりナルシストなので、多くの人は通りすがりで終わってしまう。

それは別に僕だけでなくて、もしかしたらあなたもそうかもしれない。

 

それがいいとか悪いとか、そういう話ではなくて、人間の出会いというのは、それだけ儚いものなのかもしれない。

と言う前提で、それでもなお、その人との対話が目の前にフラッシュバックしてくる。そんな人がいるはずです。

 

その出会いが、あなたの人生の中での、いわゆる運命の出会いなんですね。

それが中高の幼馴染でも、大学の友人でも、先輩でも後輩でも、なんでもいい。

大切なのは、それがあなたの運命の出会いだということ。

そして、今でもその人との関係が続いているかもしれないし、終わってしまっているのかもしれない。

 

終わってしまった人が例えば師匠なら、その師匠からのあなたの学びが終わったから、自然に別れたのかもしれないし、例えばそれが恋人であるなら、恋人としての互いの学びが終わったからなのかもしれない。

人間というのはすごいもので、僕がこうしてパソコンに向かっていると、いろんな人の顔と会話が、目の前にフラッシュバックしてくるんですね。

そしてその出会いが終わっている人がいて、その出会いの意味が、すごく鮮明に分かるんです。

 

否、皮肉なことに、出会いの本当の意味は、別れて初めてわかるものなんですね。

そして、その出会いの意味に、生きている間に気付けてよかったと、心の底から思える。そんな出会いをしたいですね。

 

僕と出会ってくれて、本当に、ありがとう。

出会いに感謝。

これからの人生も、よろしくお願いします。

 

 

<追伸>

この記事を書いた時の心情はよく覚えていないけれど。

いま読み返してみると、いまの自分が抱えている「出会い」に対する気持ちに重なるなぁと。僕の中から出てくる言葉なので、当たり前な気もするけれど、実はそれは当たり前ではなくて。必要な言葉を、過去の自分からもらうということは、割とすごいこと。

誰かと縁が繋がっていく”喜び”、そしてそれが離れるかもしれないという”怖さ”の両方があって。

出会いと別れの2つがある。だからこそ、人生は面白い。

 

<追伸の追伸>

「お互いの学びが終わったら、次のステージに行くんだよ」という言葉をもらいました。

「それはステージが上とか下とかではなくて、横に移っていくだけなんだ」と。

なるほど。そういう、ものすごくマクロの視点で今を捉える感覚というのは、僕も大切にしたいなぁ。

 

それまでの僕は、深く関わった大事な人を失うということに対して、尋常じゃない怖さを持っていました。傷つく怖さです。

それが怖い、と自分で自覚したのは本当にここ最近のことで、それまでは、無意識的に周りの人に対してものすごく高い壁を作って、深いところでは人に関わろうとしない自分がいて。孤独癖があったのは、そういう理由。

続く人というのは、一生続くし、そうでない人とは、自然に離れていくんだと。

そのことを気づかせてくれて、ありがとう。

きっと、あなたはまだちゃんとわかっていない、と言われそうだけれど。

ゆっくり進んでいきます。一歩ずつ。