大人の少年で、僕はありたい。

2017年新卒で、人材業界に就職しました。コンサルのお仕事やっています。 趣味は読書と、手紙を書くこと。 大人の少年で、僕はありたい。 好きなものは、雨の日とカフェオレ。

ものすごく、ものすごく穏やかで、そしてゆっくり時間が流れるいま、ふと想いが溢れてきたので、思わずパソコンに向かっています。

 

いま、この瞬間、僕は幸せでしょうか?と聞かれたときに僕は、

「いま、しあわせだと思うことはあるけれど、まだわかんない」という意味不明な答えが自分の中から出てきて、びっくりしていました。

しばらく考えていた先に、少しずつ言葉になり始めた。

 

それは、僕は、しあわせに慣れていないのかもしれないなぁと。

ああ、しあわせだなぁと思う瞬間は、実はすごくたくさんあるんです。

何気ない日常の一瞬一瞬の中に、感性が揺れ動くことは、たくさんある。いま、この瞬間でよかったなぁ。心からそう思います。

 

一方で、なんだろう。僕はそのしあわせな感覚を、ずっと持ち続けていることができないんです。

自分で持たないようにしているわけではなくて、気付いたらちょっと前までに持っていたしあわせの感覚が、どこかに行ってしまっていて、あれ、と思った時には僕はすでに、何かに苛立っていたり、行き場のないフラストレーションを抱えて立っているわけです。

 

本当だろうか。

実は僕は、傷つくことから逃げていて、実は自分自身でそのしあわせを手放しているんじゃないか。そんなことを考えたことも、一度や二度ではないんですね。

 

もうちょっとだけ、時間がかかるかもしれないけれど。

定義づけの日々にとらわれないで、もう少し自由に生きられるだろうか。